9日目 6月7日(木)

寄港地:館山港

さるびあ丸からの連絡

6月7日(木) 9日目  天気 曇り

8時館山港に着岸。館山市の歓迎セレモニーを受ける。
この後、3つの班に分かれて行動。体調不良者若干名は船に残る。
帰船後、記念撮影を行う予定。

洋上だより


今日は、洋上小学校最終日です。二年生の時に農漁村の生活で訪れた館山に上陸しました。館山では、自分たちが住んでいる東京の近くでも、戦争の跡が残っていると言うことを学びました。私たちが訪れた赤山地下壕は、全長が約1.6kmにも及ぶ、館山市最大の地下壕です。 館山海軍航空隊の防空壕として使われたと考えられ、壕内には格納庫、弊社、発電所の他、病院施設まであったようです。岩を、つるはしで掘った跡が残っていました。私は地下壕を見て、こんな苦しい生活をしていた人は大変だったのだろうと思いました。そして、二度と戦争をしてはいけないと感じました。 戦争の中でも、一生懸命に命を守り、国を守ろうとした人達の姿が目に浮かぶようでした。
そして、いよいよ竹芝桟橋が見えてきました。保護者の方が手旗信号で私たちを迎えてくださっている姿が見えました。下船式をして船を下りました。下船する時、もうこのメンバーで洋上小学校を過ごすことはないのだと思うと、自然と涙が流れてきました。 大変お世話になった船員さん、リーダーの皆さんに挨拶をして下船しました。洋上小学校を支えてくださった全ての皆さんに感謝しています。

(A.I)

8日目 6月6日(水)

船内活動

さるびあ丸からの連絡

6月6日(水) 8日目  天気:雨

- 第1報 -
瀬戸大橋 1:55頃 通過、 明石海峡大橋6:37通過
現在紀伊水道を南下中。みな元気。

- 第2報 -
午前中は雨、風が強く海もやや時化(しけ)たため、船酔いする児童が出たが、
昼過ぎからは海も穏やかになり赤道祭で盛り上がった。
その後の餅つきも楽しく実施できた。今晩はこれからさよならパーティ。

洋上だより


今日は赤道祭という運動会を行いました。

~種目~
 1. フラミンゴ競争
 2. スプーンで運び
 3. 借り物・者競争
 4. 障害物競走

フラミンゴ競争は60秒間片足で立ち続けます。
スプーンで運びはスプーンの上に卵をのせて12人でリレーのようにして対決します。
借り物・者競争はお題を出された人や物を持ってくるゲームです。
障害物競走は前転・ロープワーク・宝探し等を行いました。

面白かったのは障害物競走の宝探しに時、小麦粉に頭を突っ込んで飴を探します。顔をもつけるので、突っ込んだ後は、顔が真っ白になってしまい、みんな大笑いしていました。船員さんと児童の関係がより深まったと思いました。

今朝、明石海峡大橋を通過したので、通過時刻予想のクイズの結果が出ました。このクイズはどういうクイズかというと、さるびあ丸が、本州と四国を結ぶ明石海峡大橋の下を、ブリッジを基準にして何時何分何秒に通過するかを予想するというクイズです。もっとも近い人には豪華景品がもらえるというクイズです。 そして洋上小学校最後の夜、待ちに待った結果が発表されました。発表するときは、みんな黙ってステージを見つめていました。正解は、午前6時36分53秒でした。1位の人は2人でした。結果は午前6時36分26秒と予想していました。景品は、さるびあ丸特製クッションや、ヴァンテアンクルーズ家族招待券でした。橋をくぐるとき、自分の予想があっているかどきどきして、夢中で橋を見つめていました。

(t.n)(y.y)(k.f)

7日目 6月5日(火)

寄港地:宇品港

さるびあ丸からの連絡

6月5日(火) 7日目  天気:雨

広島宇品港 下船後、グループ毎に移動、市電で平和記念資料館に向かう。
見学後フィールドワークに出発。

原爆ドーム・袋町小学校平和資料館・旧日銀広島支店・広島平和記念聖堂/地下聖堂を訪れる。
グループで広島風お好み焼きなど昼食を楽しむ。途中、入浴をはさみ 帰船。

全体的に落ち着いてグループ行動ができていた。

出港 18:00 
来島海峡大橋を 22:37頃通過。

洋上だより


今日は、広島に上陸しました。

広島では「平和」について学びます。
まずはみんなで平和記念資料館へ行き、戦争や核兵器についてよく学びました。

その後はグループごとで、フィールドワークをしました。
まずは原爆ドームへ行きました。原爆ドームでは原爆がもたらした被害を実際に見てきました。
つぎに袋町小学校平和資料館見学に行きました。
この学校は戦時、救護所だったそうです。この学校ではたくさんの方が亡くなりました。だからその人たちの気持ちを考えながら見学をしました。

その後、旧日本銀行広島支店に見学に行きました。ここでは原爆がもたらしたガラスの破片や他の家の瓦などが展示されていました。
原爆のことを、いつまでもこのように伝えていかなければいけないと強く感じました。

お昼ご飯は、初めての自由食です。多くのグループがお好み焼きを食べました。やはり広島名物として人気があったそうです。
広島のフィールドワークを通して、原爆の悲惨さを学びました。ただ、原爆で14万人亡くなったと受け止めるのではなく「、~さんが、~があったから、亡くなった」と思うほうが、僕はよいと思います。そして、1人1人の命を大切にしたいと思いました。

(R.I)(S.S)

6日目 6月4日(日)

寄港地:郷ノ浦港

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6月4日(月) 6日目  天気:晴れ

バスの号車毎に古墳(掛木古墳、双六古墳、百合畑古墳群など)
一支国博物館、王都復元公園を見学し入浴後帰船。
古墳群のダイナミックな古墳の姿に感動。

15:00 鄕ノ浦港を出港 
沖に出て水圧実験。水圧の力に驚嘆。
海は鏡のように穏やか。夕食後 イカ釣り(2)の予定。
本日未明(0:40頃)関門橋通過。

洋上だより


今日は寄港地である壱岐島に着きました。
バスに乗って、一支国博物館や原の辻古墳に行きました。一支国博物館や原の辻古墳では、弥生時代の人々がどんな暮らしをしていたかよく分かりました。

国民宿舎壱岐島荘でお風呂に入りました。天然温泉で気持ち良かったです。
今日一日を通して壱岐の自然の美しさや歴史を知ることができました。
壱岐の人たちは出航の時笑顔で見送ってくれました。
大人になったらまた壱岐に来てみたいです。

(T.Y)



水圧実験結果

環境プロジェクトが中心になって、水圧実験をしました。
今年はカメラを使って実験の様子も見ることができました。

スチール缶(中身なし) ピンポン球 生卵 トマト スチール缶(中身あり) 発泡ス
チロール球
20m つぶれた つぶれた つぶれなかった つぶれなかった つぶれた つぶれなかった
40m つぶれた つぶれた つぶれなかった つぶれなかった つぶれた つぶれなかった
60m つぶれた つぶれた つぶれなかった つぶれなかった つぶれた つぶれなかった
80m つぶれた つぶれた つぶれなかった つぶれなかった つぶれた つぶれなかった
100m つぶれた つぶれた つぶれなかった つぶれなかった つぶれた つぶれなかった


(T.M)

5日目 6月3日(日)

寄港地:福江港

さるびあ丸からの連絡

6月3日(日) 5日目

福江2日目。

堂崎天主堂・楠原教会などを見学。
鬼岳で凧上げ、見事に全グループ空を舞う。
ドクター交代。夜、イカ釣り体験。

洋上だより

今日は日曜日なので、堂崎天主堂に行き礼拝を捧げました。

堂崎天主堂はこうもり天井で、神秘的な教会でした。
この教会をたてた人たちの先祖たちは、禁教令によって迫害を受けました。
一番驚いたことは、12畳の牢屋に200人余りの人が閉じ込められ、朝夜芋1切れと水少々しか与えられず、熱病やふみつぶされたりしてたくさんの信者の方がなくなったことです。
もう二度とこういうことが起きてほしくないと感じました。

今日は、学校から頑張って作ってきた凧を上げる日がようやく来ました。
学校で昼休みを使って作り上げた凧なので、とても楽しみでした。
鬼岳で上げてみると、あんまり飛ばなくて、船員さんに手伝ってもらいながら、少しずつ上げていきました。

みんなで飛ばしていると、どの宅よりも高く飛んでいって嬉しかったです。 その後も、船員さん達の力を借りながらも自分たちで凧を上げ、最後には「安定しているね。」と船員さんにもほめられたので、嬉しかったです。

お昼ごはんには、五島うどんを食べました。食感がやわらかく、あごだしがおいしかったです。

楠原教会では、祈りの時を持ちました。
迫害を受けて亡くなった方のことを思いながら祈りました。

さるびあ丸に戻った後、「ソロの時間」を持ちました。
僕は、地球の広さと自分のちっぽけさを感じました。
自分は小さいことで、怒ったりわがままいったりしてしまうけれど、海を見ていると、そんなことは忘れて、どこかへいってしまいそうでした。
これから東京に帰ってからも、こんな風に自分を見つめる時間を持ちたいなと思いました。

夜は、初めてのイカ釣りに挑戦しました。 私のグループは何回もやり直して絡まった糸をほどいて、やっと4回目で小さなホタルイカが釣れました。
みんなは釣れた時あまりにびっくりして少し固まってしまいました。でもその後大声を上げて喜びました。波と間違えて糸を上げてしまったり、わかめがくっついてきたりして、最後の一回は、イカにえさを食われてしまいました。悔しかったけれど、1匹だけでも釣れて嬉しかったです。明日もあるので、頑張ります。


(G.H)(M.H)

4日目 6月2日(土)

寄港地:福江港

さるびあ丸からの連絡

6月2日(土) 4日目

朝、軍艦島を展望。
キャプテンの計らいでじっくり見ることができた。
午前中、洋上授業。

昼に福江港に到着。観光協会の歓迎セレモニーを受ける。
グループに分かれ久賀島の旧五輪教会(五島で最も古い木造教会)や福江島の観光歴史資料館を見学。
部長合流。

洋上だより

今日は、船員さんに授業をしてもらう洋上授業がありました。

これは、いくつかの授業があり凧作り・手旗信号・乗組員の仕事・船速測定・ワッチ・仕事場めぐり・ロープワーク・水圧実験があります。

手旗信号は、赤と白の旗で1~14の数字と片仮名で「アオヤマ」と「サルビア」という手旗信号をならいました。乗組員の仕事では、船員さんの位について聞きました。また、船速測定では、船の速さをオレンジの木器を投げて調べました。
知っていると、日常でも使えそうなことがあってとっても楽しかったです。船員さんたち、ありがとうございました。

午後は、五島の歴史、潜伏キリシタンのことを学ぶために長崎県五島市にある福江島に上陸しました。
見学した五島観光歴史資料館には、五島で出土した壺、浅鉢、曽畑式土器などが展示してありました。壺は弥生土器で、上崎山町にて出土し、浅鉢は縄文後期の土器で、白浜貝塚にて出土したそうです。曽畑式土器は、縄文前期の土器で江湖貝塚、白浜貝塚、堂崎遺跡、泊浦遺跡など多くの遺跡から出土しています。

また五島といえば、潜伏キリシタンがいたことでも有名です。当時、豊臣秀吉が禁教令をだし、キリシタンの迫害がありました。五島では、五島崩れと呼ばれる迫害がありました。17畳の牢屋に200人が閉じ込められたと聞き、とても悲しいことだと思いました。海上タクシーに乗って訪れた旧五輪教会堂では、潜伏キリシタンの話をガイドの方から詳しく聞きました。教会堂は、信者の汗と涙で作られたのだと感じました。
五島は自然豊かで、辺り一面きれいな海が広がっています。みなさんも是非五島に訪れてみて下さい。


(R.T)(A.I)

3日目 6月1日(金)

寄港地:西之表港

さるびあ丸からの連絡

6月1日(金) 3日目

下船後、種子島銃(火縄銃)の試射を見学。
発射時の轟音を間近で実感する。

予定通り宇宙センターや宇宙科学技術館、門倉岬(鉄砲伝来の地)を見学。
地元新聞の取材を受ける。夜は星空を展望。

洋上だより

今、私達は種子島にいます。種子島と言えば、鉄砲と宇宙です。
上陸後、島の人に鉄砲の試射を行ってもらいました。

ズッドーン。

危ないため、弾はティッシュですが、それでも花火より大きい音が鳴り響き、キャプテンたちばなもひっくり返るほどでした。

その後向かったのは、鉄砲館です。
種子島の鉄砲だけでなく、昔の暮らしや道具、生き物などいろいろな物が展示されています。
鉄砲は、外国から寄贈してもらったライフルや銃、初めて伝来した時の銃や、職人・八板金兵衛が複製した銃、大筒など、たくさんの種類がありました。

その後、JAXAの宇宙センターに行きました。
宇宙センターには、エンジンやステーションのレプリカ、また日本が誇るH-ⅡA・Bロケットが展示されていました。
広大な敷地の中でもツアーでは、発射台がよく見えるスポットに案内してもらったり、本物のH-Ⅱロケット7号機を見たりしました。
センターでは、ロケットの実際の音を聞いたり、エンジンの仕組みについて学びました。

最後に、大和温泉に入浴をしました。
お風呂はとても気持ちがいいとみんな言っていました。
種子島は、大きく歴史を変えたものが初めて伝来した地でもありながら、希望に満ちた未知の空間へ挑戦する技術を研究し、歩き始める所でもありました。


(Y.Y)(K.F)

2日目 5月31日(木)

寄港地:高知港

さるびあ丸からの連絡

5月31日(木)  2日目  09:00  高知沖 天候曇り時々 雨

四国沖を高知に向かって航行中。
海は穏やか。天候は曇り時々雨模様。気温はそれほど高くない。
現在、洋上授業を実施中。昨晩は皆ぐっすり休んだ。
予定通り12:00に高知に入港。
校友会高知支部のみなさん(県会議員の土井様をはじめ校友の皆様)
の歓迎を受ける。


18:00 高知港出港 天候曇り

雨に降られず曇りの中で高知の町をフィールドワークすることができた。
蒸し暑くもなく気持ちの良い季候の中で高知の町を回ることができた。

三翠園で入浴を済ませ17:30予定通り帰船。
上陸して体を動かして、みな元気。

洋上だより


今日は洋上授業がありました。授業は活動靴-婦ごとに受けました。
授業の種類は、凧作り、手旗信号、ロープワーク、船速測定、ワッチ、仕事場めぐり、乗組員の仕事があります。
どの授業も、船員さんや東海汽船の方が先生になって教えて下さいました。
そして、一つ一つ丁寧に質問に答えて下さいました。
船員さんは、夜の間も起きてお仕事をしていることを知り、尊敬しました。

午後には、高知に上陸しました。
みんな初めての寄港地だったので、どきどきわくわくしていました。
私達が上陸すると、高知の方々が温かく迎えて下さいました。
その後、歓迎のセレモニーもして下さいました。

高知では、三翠園という温泉に入りました。
また、高知城や龍馬の生まれた町記念館を見学しました。
昼食には、高知の名物・鰹料理をいただきました。
さすが名物!というくらいおいしかったです。

高知港を出港する時、高知の方々が最後まで見送って下さいました。
高知のみなさんは、とても優しい方ばかりでした。良い経験になりました。


(A.N)(M.Y)

1日目 5月30日(水)

出発:竹芝桟橋

さるびあ丸からの連絡


5月30日(水) 1日目  17:00 下田沖  天候 雨

出航式では10数名が気分が悪くなる。横浜出港後出港パーティー。
その後、雨が降り始めたが、避難訓練・乗組員紹介・凧作りと順調にこなした。
現在は自由時間。

海は穏やかで揺れも少ないが睡眠不足のためか船酔いで横になっている児童もいる。他はみな元気。

洋上だより


さるびあ丸に乗船し、出港式をしました。
これからいよいよ洋上小学校が始まるのかと思い、どきどきしました。

その後、1年生と一緒にさるびあ丸の中を見学しました。
元気いっぱいの1年生と一緒に船内を回り、とても楽しかったです。
1年生と横浜でお別れをした後、出航パーティーをしました。
お食事がとても美味しかったです。

その後、避難訓練をしました。
実際に火災が起きたことを想定して訓練をしました。
船内放送からも緊張感が伝わってきて、どきどきしました。

船内のことは、まだ不慣れなことがたくさんあるけれど、
小さな乗組員として、全力で生活していきたいです。


(T.K)(G.H)

今回の洋上小学校について

初等部長のごあいさつ

未知なる世界へ


第44回青山学院洋上小学校。今年も「さるびあ丸」が、121名の夢と希望を乗せて未知なる世界へと船出します。船出した瞬間から冒険の始まりです。

過去の先輩達がそうだったように、自分をみつめ、感じる心を持ち、よく考え、自分を信じ、正しいと思うことをやってみてください。その時にたくさんの「感激」が生まれるでしょう。そこには、仲間がいます。先生、リーダーがいます。東海汽船の船長さんはじめ乗組員の方々がいます。そして、神さまが共にいて、助け、導いてくださいます。

感激のあるすばらしい洋上小学校となるように、そして航海の安全が守られるように神様にお祈りしています。

さあ、光かがやく日本の海原へ、面舵いっぱい!


青山学院初等部 部長 中村 貞雄

校長のごあいさつ

今年も、小さな乗組員が、さるびあ丸に乗って、大海原へこぎ出します。雄大な母なる海を航行しながら、よく見聞きし分かり、そして忘れず、心にとめて、謙虚な思いで、与えられた毎日をよりよく生きることのできる9日間にしたいと思います。

先人たちのひたむきな思い、真心こめた生き方に触れ、自分たちのこれからの生き方につなげることができるように願っています。学年目標である、「明日を創る、今日を生きる」を真心こめて実践できるようにしたいと思います。

それでは、行ってまいります。

第44回青山学院洋上小学校校長
鈴木 順子

シンボルについて

第44回洋上小学校シンボル

第44回洋上小学校のシンボルマーク決定

応募作品の中から学年教務会の選考の結果、左の作品が最優秀作品に選ばれました。作者である児童の、作品作成の思いを紹介します。

この絵は、洋上小学校で乗るさるびあ丸をメインに、洋上小学校で見られたらいいなと思う白いカモメや、一生でぼく自身初めて生で見るいかりでデコレーションしました。一番苦労した所は、鳥居状マストの大きさです。縮尺が難しく、五回くらい書き直し、自分が一番気に入った大きさにしました。描いていて、洋上小学校への期待がふくらみました。

セット 健斗